夢に現れた一羽が、飯塚の名菓になった。ひよ子誕生の物語

一羽の夢から生まれた、立体的な饅頭。1912年の飯塚で誕生した名菓ひよ子と、炭鉱の街に根づいた甘い物語をたどります。

皿に並んだ名菓ひよ子
飯塚で生まれた名菓ひよ子。 写真: 毒島みるく / Wikimedia Commons (CC0 1.0)

丸でも四角でもない、立体的なひよこの形。大正時代の菓子職人が生み出したその姿は、100年以上たった今も変わりません。

全国で親しまれる名菓ひよ子は、1912年に福岡県飯塚市で誕生しました。その背景には、炭鉱でにぎわう街と、長崎街道が運んだ砂糖文化がありました。

甘いものが愛された、炭鉱の町

ひよ子本舗吉野堂の始まりは1897年。初代・石坂直吉が、飯塚に菓子舗「吉野堂」を開きました。

当時の飯塚は炭鉱の町として発展し、多くの人が行き交っていました。働く人々のエネルギー源として甘いものが好まれ、遠方との取引では手土産として菓子が選ばれます。

長崎から砂糖を運んだ街道の歴史もあり、飯塚には新しい菓子を受け入れる土壌がありました。

夢に現れた、ひよこの形

名菓ひよ子を考案したのは、吉野堂二代目の石坂茂。当時14歳の若い菓子職人でした。

もっと愛される饅頭を作りたいと考えていた茂の夢に、ある夜、ひよこの形の饅頭が現れます。そこから木型と製法の試行錯誤が始まりました。

丸や四角の饅頭が一般的だった時代に、立体的な形を均一に焼くのは新しい挑戦です。苦労の末に生まれた菓子をわが子のように感じ、茂は「ひよ子」と名づけました。

飯塚から、全国へ

愛らしい形は飯塚で評判になり、炭鉱で働く人々や商取引の手土産として広がっていきました。その後、福岡市、東京へと販売地域を拡大します。

現在も九州で販売されるひよ子は、飯塚総合工場と穂波工場で作られています。穂波工場には売店があり、飯塚店をはじめ市内の店舗でも購入できます。

見慣れた一羽でも、誕生の物語を知ると少し表情が変わります。飯塚でひよ子を選ぶことは、この街で始まった100年以上の菓子づくりを持ち帰ることでもあります。

基本情報

店舗 所在地 営業時間
飯塚店 飯塚市本町15-1 9:00〜18:00
穂波工場売店 飯塚市楽市538-1 9:00〜17:00

営業時間や休業日は変更される場合があります。訪問前にひよ子本舗吉野堂の店舗案内をご確認ください。